2026年8月、noteに「バンドマンのためのマーケティング理論(基礎編)」という記事が公開された。
記事の問題意識には妥当な部分がある。
- チケットノルマを漫然と払い続ける必要はない
- 音楽活動でも収支を把握した方がよい
- 作品を作るだけでなく、届け方も考える必要がある
- 同じ活動を繰り返して成果が出ないなら方法を変えるべきである
この範囲なら特に問題はない。
問題は、そこから先である。
元記事では、「売れない最大の原因はマーケットインとプロダクトアウトを理解していないこと」「客数や通帳残高がその音楽に対する市場評価である」「音楽で1円も稼げないなら音楽単体に市場価値がない」「10曲作って駄目なら別の10曲を作るのがA/Bテストである」「現代のライブはファンを作る場所ではない」「SNSや配信でファンを作ってからライブをするのが正しい順番である」といった、より強い主張へ進んでいる。元記事
ここまで来ると、単なる助言ではない。事実認定、因果関係、歴史認識、専門用語の定義を含む主張になる。したがって、それぞれ検証できる。
- 先に結論
- 1. 「売れない最大の原因」は証明されていない
- 2. 「マーケットイン」と「プロダクトアウト」で音楽を二分するのも粗い
- 3. 「Popだから大衆需要を計算する」は定義になっていない
- 4. 客数は市場反応だが、通帳残高は作品評価ではない
- 5. 「1円も稼げない=市場価値がない」は因果関係が逆算できていない
- 6. 文化的価値と経済的価値も同じではない
- 7. 「10曲作って次の10曲」はA/Bテストではない
- 8. 元記事が描く「ライブハウスの無駄」は、実証研究ではもっと複雑である
- 9. 「打ち上げ=傷の舐め合い」も実態を表していない
- 10. 「対バンの客をアテにする=他力本願」でもない
- 11. 「現代のライブはファンを作る場所ではない」は実証的に成立しない
- 12. 筆者自身の経験談からも、ロック・ポップス全体への一般化はできない
- 13. 「昔は対バン・前座・路上・レコード会社しかなかった」も歴史的に不正確
- 14. ジャズ史の説明も単純化しすぎている
- 15. 『Misty』を映画音楽とする記述は明確に誤っている
- 16. 「世間の99%」「100倍満足」もファクトではない
- 17. 「金銭が発生する=事業」「自立する=プロ」も定義として狭すぎる
- では、何を見ればよいのか
- ライブハウスについても、判断基準は単純でよい
- 結論
- 主要参考文献
先に結論
元記事の主要な主張を整理すると、次のようになる。
| 元記事の主張 | 判定 | 主な問題 |
|---|---|---|
| 売れない最大原因はマーケットイン/プロダクトアウトの不理解 | 根拠なし | 原因比較をしていない |
| プロのポップスは大衆需要を精密に計算して作る | 一般化不能 | Popの定義から制作方法は導けない |
| 客数・通帳残高が作品への市場評価 | 一部のみ妥当 | 活動成果と作品価値を混同 |
| 収益0円なら音楽単体の市場価値がない | 不成立 | 露出・流通・社会的影響等を無視 |
| 10曲→次の10曲はA/Bテスト | 誤り | A/Bテストの定義を満たさない |
| 対バン客を期待するのは他力本願 | 一般化不能 | 人的ネットワークの機能を無視 |
| ライブはファンを作る場所ではない | 誤り | 実証研究に反例がある |
| SNS→ファン形成→ライブが正しい順序 | 根拠なし | 成功経路を一つに固定している |
| 昔は前座・路上・レコード会社程度しか方法がなかった | 歴史的に不正確 | レコード、ラジオ、雑誌等を無視 |
| ジャズは飲食店のビジネスモデルによって発展した | 過度な単純化 | ジャズ形成史は複合的 |
| Mistyは映画音楽 | 事実誤認 | 曲は映画より17年前に成立 |
| 金銭が発生すれば音楽活動は「間違いなく事業」 | 定義不能 | 事業性と創作目的を混同 |
| 自立して売れる者が「プロ」 | 学術的には単純すぎる | 実際の音楽家キャリアは多様 |
問題は口調ではない。強い一般命題を置いているのに、それを支えるデータがないことが問題である。
1. 「売れない最大の原因」は証明されていない
元記事は、バンドが売れない「最大の原因」をマーケットインとプロダクトアウトの理解不足に置いている。
しかし、「最大の原因」と言うには、本来は他の要因と比較しなければならない。例えば、楽曲、演奏、ジャンル、活動期間、地域、資金、制作能力、ライブ頻度、人的ネットワーク、SNSへの投入時間、レーベルとの関係、プロモーション、タイミングなどを比較し、その中でマーケティング要因の影響が最大だったことを示す必要がある。
元記事にはその分析がない。代わりに登場するのは、「ノルマを払い、友人を呼び、ライブ後に飲みに行く売れないバンドマン」という仮想的な人物像である。これは説明用の例にはなる。しかし、母集団の実態を示すデータにはならない。
文化市場については、そもそも作品の成功を単一の要因から説明しにくいことが実験的にも示されている。Salganik、Dodds、Wattsは14,341人を参加させた人工音楽市場実験で、他人の選択が見えるだけで楽曲間の成功格差が拡大し、どの曲が成功するかの予測可能性も低下することを示した。作品の評価だけでなく、社会的影響が結果を大きく変えたのである。Science掲載研究
したがって、「売れない原因はこれである」と断定するには、かなり強い証拠が必要になる。元記事はそこまでの証拠を提示していない。
2. 「マーケットイン」と「プロダクトアウト」で音楽を二分するのも粗い
元記事では、プロダクトアウト=作り手が作りたいもの、マーケットイン=客が求めるものとして両者の折り合いをつけることがプロの仕事だとされる。
入門的なたとえとしては分かりやすい。しかし、マーケティング研究におけるmarket orientation(市場志向)は、単に「客の欲しいものを作る」という意味ではない。
KohliとJaworskiの代表的研究では、市場志向は、現在および将来の顧客ニーズに関する市場情報を収集し、組織内で共有し、それに対応する一連の活動として整理されている。Kohli & Jaworski (1990)
さらに、芸術へ通常のマーケティング概念をそのまま適用することの限界は古くから指摘されている。Hirschmanは1983年のJournal of Marketing論文で、芸術家には商業的成功とは独立した美的・思想的な目的が存在するため、通常の商品と同じ顧客志向モデルでは十分に説明できないことを論じている。Hirschman (1983)
つまり、作りたいものか、客が欲しいものかという一軸では足りない。実際の音楽活動では、表現したい内容、対象となる聴衆、キャリア形成、収益、コミュニティ、技術的探究など複数の目的が同時に存在する。
3. 「Popだから大衆需要を計算する」は定義になっていない
元記事では、Pop Music=大衆音楽であることを根拠に、プロのポップスとは「大衆が何を求めているか」を精密に計算して作る音楽だと説明されている。
この論理は成立しない。popular musicという言葉が、大衆的・商業的な音楽と歴史的に深く結びついていることと、個々の作品が制作前に市場需要を計算して作られていることは別の命題だからである。
そもそもpopular musicの学術的定義自体、一つに確定していない。Cambridge University Pressの学術誌Popular Musicは、ジャズ、ロック、ラップなどを含む広範な対象をpopular musicとして扱っている。またpopularという概念を、単純に「商業的に大量販売されるもの」と定義することへの批判もポピュラー音楽研究の中で続いている。Popular Music
したがって、Popという名称→大衆向け→需要を計算して作るべき、という推論には途中が抜けている。
4. 客数は市場反応だが、通帳残高は作品評価ではない
元記事は、通帳残高、ライブへの支出、少ない観客数を、そのアーティストという「プロダクト」に対する市場の現在評価だとしている。
ここは一部だけ正しい。ライブの来場者数や音源販売数は、確かに一定条件下で観測された市場反応である。しかし通帳残高は違う。
口座残高には、本業収入、生活費、家賃、機材費、貯蓄、借入、制作投資なども影響する。したがって作品への市場反応を直接測る指標ではない。
さらに、来場3人という数字から分かるのも、その条件のライブに3人来たという事実までである。その原因が楽曲なのか、認知不足なのか、価格なのか、開催場所なのか、曜日なのか、宣伝不足なのか、そもそもの対象市場の小ささなのか、数字だけでは分からない。
測定値と原因を分ける必要がある。
5. 「1円も稼げない=市場価値がない」は因果関係が逆算できていない
元記事では、作曲、編曲、BGM制作、サポート、レコーディング等の仕事を得られず1円も稼げていないなら、「音楽単体にはまだ市場価値がない」ことの客観的証明だとされる。
これは成立しない。
収益が発生するまでには、作品・能力→認知→接触→評価→依頼・購入という複数の段階がある。
能力が高くても認知されていなければ依頼は発生しない。認知されても、求められている職種と一致しなければ依頼は発生しない。価格や納期が合わなければ依頼されない。既存実績や紹介が重視される市場なら、新規参入者は不利になる。
ストリーミングについても、作品と聴衆が直接一対一で結び付いているわけではない。Spotifyの推薦システムを調査した研究でも、可視性はアルゴリズム、企業側の論理、レーベル、ミュージシャンなど複数の社会関係の中で形成されることが示されている。Hodgson (2021)
したがって、収益0円から直接言えるのは、現在の条件下で収益化されていないというところまでである。「市場価値が存在しない」ことまでは証明できない。まして「音楽の質が低い」ことの証明にはならない。
6. 文化的価値と経済的価値も同じではない
文化経済学では、作品のeconomic value(経済的価値)とcultural value(文化的価値)を区別する考え方が確立している。
David Throsbyらの研究では、文化的価値には美的、象徴的、歴史的、社会的な側面が含まれ、それを市場価格だけに還元できないことが論じられている。Throsby関連資料
したがって、売れない作品にも文化的価値があり得る。逆に、売れていることだけで文化的価値が決まるわけでもない。
これは「芸術だから数字を見るな」という話ではない。測っている対象が違うというだけである。
7. 「10曲作って次の10曲」はA/Bテストではない
これは明確な用語上の誤りである。
元記事では、10曲作って反応がなければ方向を変えて次の10曲を作ることをA/Bテストと呼んでいる。
A/Bテストとは、一般に対象を異なる条件へ割り当て、条件以外を可能な限り揃えた上で、指標の差を比較するcontrolled experiment(統制実験)である。
Microsoftの実験基盤でも、ユーザーをcontrol(対照群)とtreatment(処置群)へランダムに分け、異なる体験を提示した後に指標を比較する方法として説明されている。Microsoft Research
一方、10曲発表する→反応が悪い→数か月後に別の10曲を作る、という方法では、曲、時期、聴衆、認知度、宣伝量、フォロワー数、推薦環境などが同時に変わる。
これはA/Bテストではない。反復的試行錯誤である。試行錯誤自体は合理的だが、別の概念である。
8. 元記事が描く「ライブハウスの無駄」は、実証研究ではもっと複雑である
元記事では、対バンの集客を期待することを「他力本願」とし、ノルマを払いながらライブハウスへ通うバンドマンを、ライブハウスに利益を提供するだけの存在として描いている。
チケットノルマに問題があること自体は、研究でも指摘されている。しかし、それで話は終わらない。
新山大河による大阪府のロック系ライブハウスでの参与観察とインタビュー研究では、ライブハウス内の人的ネットワークが、出演機会、集客、活動資金、演奏・制作ノウハウ、CD制作、レコーディング技術、新しい観客、業界関係者への接続といった資源へ変換される過程が観察されている。新山大河「ライブハウスにおける音楽活動の継続」
例えば、友人や仕事関係者などによる動員でノルマを上回り、その収益をスタジオ代やCD制作費に回していた事例が記録されている。これは単なる赤字補填ではない。活動資金の形成である。
9. 「打ち上げ=傷の舐め合い」も実態を表していない
元記事冒頭では、ライブ後の交流が、成果の出ないバンドマン同士の自己慰撫のように描写されている。
しかし、前述のライブハウス研究では、まさにライブ後の「打ち上げ」が観察対象になっている。
そこでは、バンドマン同士、バンドマンと観客、観客同士、ライブハウススタッフが交流し、演奏への助言、活動方針、先輩バンドの経験、今後の出演などに関する情報交換が行われていた。研究では、これがネットワークを拡大・重層化させる機能を持つと分析されている。
さらに、その人的関係を通じてDAW(音楽制作ソフト)やレコーディング技術を学び、後に作曲家としてクライアントを獲得した事例まで確認されている。
もちろん、すべての打ち上げが有益という意味ではない。閉鎖的な人間関係の中で停滞する可能性も同じ研究が認めている。
したがって正確な結論は、ライブハウス内の人的関係には、閉鎖性と資源形成の両面があるとなる。「傷の舐め合い」と一括する方が、実態より単純である。
10. 「対バンの客をアテにする=他力本願」でもない
音楽産業では人的ネットワークそのものが資源になる。
同じ研究では、先輩バンドとの関係から新しい出演機会を得たり、知人を動員して音楽コンテストを通過し、大型会場へ進出した後に、それまでとは異なる純粋な音楽ファンやレコード会社関係者との接点を獲得した事例も記録されている。
これは、身内客→ネットワーク拡大→大きな舞台→新規の音楽ファンという経路である。
つまり、「最初から純粋なファンを自力で獲得できなければ駄目」というモデルだけが存在するわけではない。職業上のネットワークから仕事や機会が発生することは、社会学ではsocial capital(社会関係資本)として長く研究されてきた。バンド活動も例外ではない。
11. 「現代のライブはファンを作る場所ではない」は実証的に成立しない
元記事は、現代のライブはファンを作る場所ではないと断定し、SNSや配信でファンを作る→ライブを開催する、という順番を提示している。
しかし、前述の日本の実証研究では、ライブ活動とネットワークの拡大を通して、友人・知人中心の観客構成から、音楽自体を目的に訪れる新規ファンへ変化した事例が確認されている。
したがって、ライブでは新規ファンが生まれないという一般命題は反例が存在するため成立しない。
正しくは、SNS→音源→ライブ、ライブ→新規認知→音源、対バン→新規認知→SNS、友人→ライブ→口コミ、オーディション→業界接続→新規ファンなど複数の経路がある。
どの経路が強いかはアーティストごとに測ればよい。最初から一つに決める必要はない。
12. 筆者自身の経験談からも、ロック・ポップス全体への一般化はできない
元記事後半には、筆者自身の具体的な経験として二つのジャズライブが登場する。
一つは「フレンチランチ×ジャズライブ」を企画して収益を得た成功例。もう一つは、別のジャズギタリストが主催し、来場8人のうち5人を筆者が集客したライブである。
この二例から言えることは限定されている。
前者からは、店舗の空き時間、料理、音楽を組み合わせたイベントが、その条件では成立したことが分かる。後者からは、その主催者によるそのライブでは集客が少なかったことが分かる。
しかし、「前者が成功したのはマーケットインだから」「後者が失敗したのはマーケティング思考がなかったから」と因果関係まで確定するには比較条件が足りない。
さらに、この二例はいずれもジャズの現場である。そこから、一般的なロックバンドやポップバンドの売れない原因まで広げるには別のデータが必要になる。
これは人物の経歴を批判しているのではない。事例研究の外的妥当性(別の集団にも一般化できるか)の問題である。
一つの成功体験と一つの失敗体験は、仮説を作る材料にはなる。母集団全体の法則を証明する材料にはならない。
13. 「昔は対バン・前座・路上・レコード会社しかなかった」も歴史的に不正確
元記事では、SNS以前には、対バン、先輩バンドの前座、路上、レコード会社の販売網程度しかファン形成手段がなかったとされる。
しかし、ポピュラー音楽史には当然それ以外も存在する。録音物、ラジオ、音楽雑誌、新聞、ファンジン、レコード店などは、SNS以前からアーティストと聴衆を結ぶ媒体だった。
Cambridgeのポピュラー音楽産業史でも、録音産業や音楽専門誌が音楽文化・市場の形成に重要な役割を持ったことが扱われている。音楽雑誌はレコード産業の初期から、制作者、販売者、消費者を接続する媒体として機能していた。The Popular Music Industry
SNSによって個人発信のコストが大幅に下がったことは事実である。しかし、SNS以前にはファン獲得手段がほとんどなかったという意味にはならない。
14. ジャズ史の説明も単純化しすぎている
元記事では、ジャズについて、ダンスホールや酒場で客を楽しませ、飲食を売るビジネスモデルが存在したから成立・発展した音楽だと説明されている。
商業的なダンスホールや娯楽施設がジャズ史の重要な一部であること自体は正しい。しかし、それだけが成立要因ではない。
米国National Park Serviceによるニューオーリンズ・ジャズ史では、初期ジャズは、地域のsocial hall(社交施設)、mutual aid society(相互扶助団体)、social aid and pleasure club、パレード、宴会、ダンス、地域行事、興行、巡業など複数の社会的空間の中で形成されたものとして説明されている。National Park Service
つまり、商業興行はジャズ史の一要素である。飲食を売るビジネスモデルがあったからジャズが成立したまで単純化することはできない。文化形成の原因を一つに還元している。
15. 『Misty』を映画音楽とする記述は明確に誤っている
元記事では『Misty』と『Moon River』を並べ、ともに映画音楽であり当時の大ヒットポップスだったと説明している。
『Misty』については事実と異なる。
Erroll Garnerの公式資料によれば、『Misty』は1954年から存在するGarnerの作品である。Clint Eastwood監督・主演の映画『Play Misty for Me』で使用されたのは1971年。つまり曲が映画より17年先に存在する。Erroll Garner公式資料
映画のヒット曲が後にジャズスタンダード化した例として『Moon River』を挙げることはできる。しかし『Misty』を同じ由来として扱うことはできない。
これは解釈の違いではなく、単純な年代関係の誤りである。
16. 「世間の99%」「100倍満足」もファクトではない
元記事には、「世間の99%にとって山下達郎は2曲しか知られていない」「客3人ならスタジオで演奏した方が100倍満足度が高い」といった数値表現も登場する。
しかし、99%については母集団、調査方法、質問項目が示されていない。100倍についても満足度の尺度や比較調査は示されていない。
したがって、これは統計値ではない。強調表現である。
文章上の誇張として使うこと自体は自由だが、それを同じ記事内で「ファクト」と並べてはいけない。
17. 「金銭が発生する=事業」「自立する=プロ」も定義として狭すぎる
元記事では、お金が発生し他人の時間を使う以上、音楽活動は「間違いなく事業」であり、その構造を理解して自立する者をプロとして位置づけている。
しかし、実際の音楽家の職業キャリアはそれほど単純ではない。
野村駿による2026年のバンドマン研究では、77人への調査を背景に、条件を満たす4人の初期キャリアを詳細に分析している。
そこで確認されている職業化の形は、バンド収益で活動費を賄うが生活費は別の仕事で得る、バンド以外の音楽関連仕事も組み合わせる、音楽活動のみで生活する、など複数存在する。研究自体が、音楽を仕事にする形の多様性を結論としている。野村駿(2026)
また、新山の研究でも、プロ、インディーズ、アマチュアの区分は一義的に定義できないことが明記されている。
したがって、売れて自立しているか否かだけでプロ/非プロを二分するモデルは、現実の音楽労働を十分に表していない。
では、何を見ればよいのか
元記事の問題点を除去すると、バンド活動はもっと単純に分析できる。
少なくとも次の4種類を分ければよい。
1. 作品
- 楽曲
- 演奏
- サウンド
- 制作技術
- 独自性
2. 聴衆
- 認知人数
- 聴取人数
- リピーター
- ライブ来場
- ファン化
3. キャリア
- 共演
- 出演機会
- 人的ネットワーク
- 制作能力
- 仕事の依頼
- レーベルや業界との接点
4. 経済
- 売上
- 費用
- 活動収支
- 時間
- 生活可能性
この4つは別である。
売上がなくても制作能力が成長している場合がある。ライブ単体では赤字でも、そこから次の出演や新規顧客が発生する場合がある。集客は増えていても、制作費が大きければ収支は赤字になる。逆に一時的に黒字でも、次の仕事やファンが増えない場合もある。
したがって、赤字=失敗、客が少ない=作品価値がない、身内客=無意味、SNSが伸びる=成功とはならない。各指標が何を測っているのかを分離する必要がある。
ライブハウスについても、判断基準は単純でよい
チケットノルマを払って出演した。それだけでは合理的か不合理かは決まらない。
例えば、出演費3万円、新規客0、次回出演0、物販0、人的接点0、技術的収穫0という状態が長期間続くなら、活動方法を変更する合理性は高い。
一方、出演費3万円、新規客5人、次回出演1件、他バンドとの交流から別イベントへ出演、レコーディングエンジニアとの接点獲得、という結果なら意味が変わる。
必要なのは、ライブハウスは古いでも、ライブハウスは素晴らしいでもない。費用に対して何が得られているかを見ることである。
結論
元記事が提示した問題意識の一部は妥当である。
無目的にノルマ出演を続ける必要はない。収支は確認した方がよい。聴衆について考えた方がよい。方法を変えながら試行錯誤した方がよい。
しかし、その先で提示される理論の多くは証拠に対して強すぎる。
「売れない最大原因」は測定されていない。
「Popだから市場需要を精密に計算する」という定義は成立しない。
通帳残高から作品価値は測れない。
収益0円から市場価値0は導けない。
10曲ずつ作ることはA/Bテストではない。
対バンやライブハウス内の人間関係は、実証研究では実際にキャリア資源として機能している。
ライブから新規ファンが生まれる事例も確認されている。
SNS→ライブだけが正しい経路という証拠もない。
ジャズ史は飲食店のビジネスモデル一つでは説明できず、『Misty』については史実そのものが誤っている。
さらに、元記事自身が根拠として示す具体的経験は少数のジャズライブであり、それをロック・ポップを含むバンドマン一般へ適用するにはデータが足りない。
問題は「マーケティングを考えるべきか」ではない。考えるべきである。
問題は、限られた経験や単純なモデルから、音楽活動全体の因果関係を断定していることにある。
市場を見るのであれば、数字を見るだけでは足りない。
その数字が何を測っているのか。別の原因はないのか。他のケースでも同じ結果になるのか。反例が存在しないのか。
そこまで確認して初めて分析になる。
音楽活動に必要なのは、「マーケットインかプロダクトアウトか」という二択ではない。
目的を定義し、作品、聴衆、キャリア、経済を分けて観測し、得られた結果に応じて活動方法を変えること。
その方が単純であり、検証可能であり、再現性も高い。
主要参考文献
- Salganik, M. J., Dodds, P. S., & Watts, D. J. (2006), “Experimental Study of Inequality and Unpredictability in an Artificial Cultural Market,” Science, 311, 854-856. PubMed
- Kohli, A. K. & Jaworski, B. J. (1990), “Market Orientation: The Construct, Research Propositions, and Managerial Implications,” Journal of Marketing, 54(2), 1-18. JSTOR
- Hirschman, E. C. (1983), “Aesthetics, Ideologies and the Limits of the Marketing Concept,” Journal of Marketing, 47(3), 45-55. JSTOR
- 新山大河「ライブハウスにおける音楽活動の継続――アマチュアからインディーズへ」『ポピュラー音楽研究』28巻. J-STAGE
- 野村駿(2026)「『音楽を仕事にする』ということ――バンドマンの初期キャリアから探るその段階と規準――」『労働社会学研究』26巻, 108-130. J-STAGE
- Hodgson, T. (2021), “Spotify and the Democratisation of Music,” Popular Music, 40(1), 1-17. Cambridge Core
- Throsby, D., Economics and Cultureほか文化的価値と経済的価値に関する文化経済学研究. Australian Government
- U.S. National Park Service, “Jazz Origins in New Orleans.” NPS

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