石狩の公共交通を地図でたどる――軽石軌道、未成線、地下鉄延伸から自走式ロープウェイまで

馬車鉄道、鉄道、新交通構想を組み合わせた石狩の公共交通史のイラスト 交通・まちづくり

石狩には現在、旅客鉄道の駅がありません。札幌に隣接する石狩と横浜の本牧は、都市圏の中にありながら鉄道駅への移動をバスや車に頼ります。旅客鉄道へのアクセスという点で、どちらも「陸の孤島」といえる地域です。

私は石狩出身で、現在は横浜に住んでいます。二つの地域の交通を重ねながら、石狩で実際に走った馬車鉄道、実現しなかった計画、今も続く要望を地図でたどります。横浜の都市型ロープウェイに乗った自分の動画と、みなとみらい線の本牧・根岸方面への延伸構想も紹介します。

横浜と石狩は、どんな街か

横浜市は、日本の市で人口が最も多い自治体です。同じ基準日の人口で比較すると、石狩との規模の違いが見えてきます。[32][33][35]

比較項目 横浜市 石狩市
人口(2025年10月1日国勢調査確定値) 3,750,952人 55,706人
面積(2025年10月1日) 438.23km² 722.33km²
人口密度(全市平均) 約8,559人/km² 約77人/km²
都市圏内の立場 首都圏の大都市。市内にも業務・商業の拠点が集積 札幌に隣接する住宅都市と、石狩湾新港の産業拠点
旅客鉄道 JR、私鉄、市営地下鉄などが運行 市内に路線・駅なし

密度は上記人口と面積から算出した全市平均です。石狩には花川などの市街地に加え、厚田・浜益の広い農山漁村や山地が含まれます。[34]

街の成り立ちと人口の変化

石狩は住宅地開発と町村合併を経て、横浜は開港と周辺町村の編入を経て、現在の街になりました。

石狩市の歩み

年代 主な出来事
1902~1907年(明治35~40年) 河口の10町と生振村が石狩町に、花畔村と樽川村が花川村となり、その後、両町村が合併。
1964~1970年(昭和39~45年) 花川南の住宅地開発が始まる。1970年の町人口は10,503人。
1992年(平成4年) 人口5万人を突破。
1996年(平成8年)9月1日 市制を施行し、石狩市となる。
2005年(平成17年)10月1日 厚田村・浜益村と合併。

1970年・1992年の人口は厚田・浜益との合併前の町域の記録です。1975年(昭和50年)には樽川の一部が小樽市へ編入されています。[3][40][41][42][43]

横浜市の歩み

年代 主な出来事
1859年(安政6年) 横浜が開港。
1889年(明治22年)4月1日 市制施行。人口116,193人、市域5.40km²。
1901~1939年(明治34~昭和14年) 6回の市域拡張。最初の編入で本牧・根岸などが加わる。
1956年(昭和31年) 政令指定都市となる。
1968年(昭和43年) 人口200万人を突破。
1994年(平成6年)11月 青葉区・都筑区が誕生し、現在の18区となる。

横浜の人口増加には、住民の増加と市域の拡張の両方が含まれています。[44][45]

現在の石狩周辺のJR・地下鉄路線図

現在の石狩周辺の旅客鉄道網。市南部からは、手稲方面のJR函館本線、学園都市線、麻生・栄町方面の地下鉄などへ接続する交通が重要になります。[38][39]

札幌北方や日本海沿岸へ目を広げると、鉄道網は縮小もしています。留萌~増毛は2016年、札沼線の北海道医療大学~新十津川は2020年、留萌本線の石狩沼田~留萌は2023年に廃止。残る深川~石狩沼田も2026年4月1日に廃止され、留萌本線は全線が姿を消しました。[36][37]

札幌北方・日本海沿岸の鉄道廃止区間と現在線

札幌北方・日本海沿岸の鉄道網の変化。石狩市周辺からさらに広域へつながる交通の変遷です。

年表で見る、石狩の交通

船――川の幹線交通と河口渡船

年代 出来事 段階
1857年(安政4年) 石狩川河口渡船の記録 運航
1902年(明治35年) 石狩~江別などの汽船航路が補助付きの命令航路に 運航
1935年(昭和10年) 石狩川の外輪船航路が廃止 運航終了
1972~1978年(昭和47~53年) 河口橋の一部供用後も続いた河口渡船が廃止 運航終了

[1][2]

馬車鉄道――営業区間と延伸計画

年代 出来事 段階
1911年(明治44年) 札北馬車軌道が札幌~茨戸で開業 運行
1922年(大正11年) 軽石軌道が軽川~花畔で開業 運行
1928年(昭和3年) 軽石軌道の延長線敷設に特許 延伸計画
1935年(昭和10年) 軽石軌道の未成延伸区間の特許が失効 計画失効
1937年(昭和12年) 軽石軌道が営業停止 運行終了

[4][12][30][31]

未成の鉄道――請願、予定線、一部着工

年代 出来事 段階
1911年(明治44年) 石狩・銭函経由の石狩川北岸鉄道を請願 要望
1922年(大正11年) 鉄道敷設法に札幌~石狩~増毛の予定線 法律上の計画
1923年(大正12年) 石狩・厚田・浜益経由の札幌~増毛間鉄道を請願 要望
1956~1961年(昭和31~36年) 石狩鉄道が会社設立・免許取得・起工を経て工事中断 一部着工・未開業
1963~1998年(昭和38~平成10年) 札幌臨港鉄道へ改称。その後、免許廃止・会社解散 計画終了

[6][7][8][9][10]

地下鉄・モノレール――札幌との接続を求めて

年代 出来事 段階
1974年(昭和49年) 地下鉄南北線の石狩湾新港への延伸構想 構想
1979年(昭和54年) 花川地区の地下鉄誘致期成会が結成 要望
1984~1985年(昭和59~60年) 石狩町でモノレール軌道桁の耐雪・耐寒試験 技術試験

[9][16]

バス・新交通――日常の足の再編と新方式の検討

年代 出来事 段階
1920年(大正9年) 石狩~札幌の自動車旅客輸送が始まる 運行
2022年(令和4年)以降 デマンド交通「いつモ」の実証運行 運行
2023年度(令和5年度) 自走式ロープウェイなどの導入可能性と3ルートを比較 調査
2025年(令和7年) 本町花川線が運行開始 バス廃線の代替交通
2026年(令和8年) 厚田花川線が運行開始 バス廃線の代替交通

[3][14][18][19]

計画段階の路線図には、資料が示す経由地を現在の地形に沿って結んだ推定線も描いています。公式図に基づく構想線と、経由地から補った推定線は凡例で区別し、接続先の既存鉄道も示しました。

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川の交通から、馬車鉄道とバスへ

石狩川は、人と物資を運ぶ交通路でした。補助付きの汽船航路は石狩~江別、江別~月形、月形~札的内を結びましたが、上流側から廃止が進み、札沼線が全通した1935年に残る外輪船航路も廃止されます。河口の船場町~若生町を結ぶ渡船は、河口橋の供用後も1978年まで続きました。[1][2]

その水運と陸路をつないだのが、軽石軌道(けいせききどう)です。軽川の「軽」と石狩の「石」を合わせた名称で、現在の手稲駅付近から石狩市役所付近まで、約8.2kmを馬が客車や貨車を引いて走りました。

軽石軌道の営業区間と石狩方面への未成延伸

軽石軌道の営業区間と未成延伸の推定線。軽川で接続する函館本線も表示。

停留場は軽川、新川、南四線、南七線、南九線、花畔。道道石狩手稲線に沿う路線で、旅客のほか、サケ、雑穀、牛乳、原油なども運びました。花畔駅近くでは、川舟との乗換えや荷物の積替えが行われています。[4][5]

花畔から先への延伸には特許も与えられましたが、未着工のまま失効しました。[30][31] 一方、石狩~札幌の自動車旅客輸送は馬車鉄道より先に始まっており、1920~1930年代には花畔・茨戸を結ぶバスも発展します。道路整備とバス利用が進むなか、軽石軌道は営業を停止しました。[3][4]

札幌~茨戸には、別の事業である札北馬車軌道もありました。石狩の交通は、線路だけで完結せず、舟運や道路との接続で成り立っていたのです。[12]

石狩を通るはずだった鉄道

石狩・銭函を経由する「石狩川北岸鉄道」

貴族院の議事録に残る請願は、沼田から雨竜、新十津川、浦臼、月形、当別、石狩を経て銭函へ至るものでした。現在の札沼線とは異なる経由地が求められていたことが分かります。[6]

1911年の石狩川北岸鉄道請願の推定経路と接続鉄道

1911年の請願に記された経由地を結ぶ推定線と、周辺の鉄道。

石狩・銭函を通る部分は実現せず、当別側の路線は札幌へ結ばれました。鉄道誘致の歴史には、札幌へ向かう現在の路線とは別の選択肢もあったわけです。[9]

札幌から厚田・浜益を通り、増毛へ

鉄道敷設法別表第135号の予定線は、「石狩国札幌ヨリ石狩ヲ経テ天塩国増毛ニ至ル鉄道」。翌年の衆議院の請願では、石狩・厚田・浜益を経由することが明記されました。[7][8]

札幌・石狩・厚田・浜益・増毛を結ぶ予定線・請願の推定経路

札幌~石狩~増毛の予定線・請願経由地を、海岸沿いの地形に沿って結んだ推定線。

花川や本町だけでなく、日本海沿岸の町々を結ぶ構想です。現在の石狩市域である厚田・浜益の交通も、この未成線の歴史とつながっています。

工事に着手した「石狩鉄道」

戦後の石狩鉄道は、桑園から花川・花畔を通って石狩へ向かう私鉄計画でした。免許を取得し、起工式と一部工事まで進みましたが、開業には至りませんでした。会社は札幌臨港鉄道へ改称され、免許廃止と会社解散まで長く存続します。[9][10]

未開業に終わった石狩鉄道・札幌臨港鉄道の概略

桑園と石狩を結ぶ石狩鉄道・札幌臨港鉄道の構想。

明治期には、石狩川河口の積出港と炭田を結ぶ運炭鉄道も構想されていました。港の物資輸送から住宅地の旅客輸送へ、求められる鉄道の役割も変わっていきます。[11]

地下鉄延伸とモノレール――札幌の通勤圏として

新港開発と住宅地の拡大を受け、札幌中心部との連絡が重要になります。南北線の新港方面延伸構想や地下鉄誘致運動は、その流れの中にありました。[9][15]

地下鉄南北線の石狩・新港方面への延伸要望

地下鉄南北線の石狩・新港方面への延伸要望。

2001年の札幌市総合交通対策調査審議会答申は、石狩から麻生へ向かう需要を挙げ、北部方面では麻生からの展開が優位と判断しています。同時に、地下鉄の採算性、他方式の乗換えや冬季運行も課題とされました。[13]

モノレールの検討では、石狩町が耐雪・耐寒試験の舞台にもなりました。三菱重工の技術論文によると、実物大の軌道桁を使った試験に加え、北海道工業大学で着雪の風洞試験が行われています。[16] 寒冷地での運行を技術面から探る試みでもありました。

バス再編と、新しいロープウェイの検討

日常の移動を支えてきた中心はバスです。現在は運転手不足などを受け、路線の再編と代替交通の整備が進んでいます。本町花川線、厚田花川線は完全予約制で、既存バス停を基本的に活用します。「いつモ」や市内デマンド、新港企業への通勤デマンド、浜益地区の交通も組み合わされています。[17][18][19][20]

デマンド交通は、利用者の予約に応じて運行する交通です。

自走式ロープウェイの3比較案

新たな軌道系交通の調査では、普通鉄道、モノレール、LRT(次世代型の路面電車)、BRT(バスを軸に輸送力・速達性を高める交通)などが比較され、都市型自走式ロープウェイが市の条件に適すると評価されました。[14]

自走式ロープウェイ導入可能性調査の3比較案

2023年度導入可能性調査の3比較案。

比較案 主な接続方面 調査上の延長
A 手稲方面 12.8km
B 麻生方面 12.5km
C 栄町・丘珠方面 13.5km

新港周辺に集まる職場・買い物先・宿泊施設

市が企業誘致を進めてきた石狩湾新港地域では、2025年の市公表で650社超が操業し、約2万人が働いています。[53]

現在の大型店舗やホテルより先に人を集めてきたのが、1999年(平成11年)8月21日に初開催されたRISING SUN ROCK FESTIVAL(RSR)です。主催者も、原点を「何もない石狩の大地」に一つのステージを設けた始まりとして振り返っています。[54]

その後、データセンターや商業・宿泊施設の立地が進みました。主な施設の時期と場所を並べると、RSRの先行と、新港南・新港中央・花川への広がりが分かります。

施設・会場 開始・開業時期 所在地・位置関係
RISING SUN ROCK FESTIVAL(RSR) 1999年(平成11年)8月21日初開催 樽川ふ頭横。現在の会場は新港中央1丁目・小樽市銭函5丁目にまたがる。[52][54]
さくらインターネット 石狩データセンター 2011年(平成23年)開所 新港中央1丁目。国道337号の港側、再エネデータセンターの東隣。[47][56]
スーパーホテル石狩 2020年(令和2年)開業 新港南2丁目731-2。コストコの北東側。[3][50]
コストコ石狩倉庫店 2021年(令和3年)開業 新港南2丁目733-1。スーパーホテルの南西側。[49]
京セラコミュニケーションシステム(KCCS)のゼロエミッション・データセンター 石狩 2024年(令和6年)開所 新港中央1丁目、港通沿い。さくら石狩データセンターの北側。[48][56]
たびのホテル石狩 2025年(令和7年)開業 花川北3条1丁目7。新港の工業地区より南の花川地区。[51]
石狩再エネデータセンター第1号 / ブロードバンドタワー(BBTower)石狩新港サイト 2026年(令和8年)竣工。同年9月にBBTowerも運用開始 新港中央1丁目722番1(地番)。さくら石狩データセンターの西隣。BBTowerは同じ施設内。[55][56]
石狩湾新港周辺の施設とロープウェイ調査上の起終点

各施設の敷地・会場の代表位置。施設の公式案内、公開地図、配置図、航空写真を照合して作図。構想駅の位置は未定です。[56]

通勤、買い物、宿泊、イベントでは、移動する時間帯も行き先も異なります。鉄道との接続に加え、新港内・市内の移動も組み合わせて考える必要があります。

道路の形に合わせて自走する「Zippar」

市の報告書でも取り上げられているのが、Zip Infrastructure(ジップ・インフラストラクチャー)の開発するZippar(ジッパー)です。車体に積んだバッテリーとモーターで自走し、直線部は固定されたロープ、カーブ部はレールを連続して走ります。ロープと車両を独立させ、曲線や分岐に対応する仕組みです。[15][21][46]

開発企業は2026年2月に福島試験線が完成し、走行試験を始めたと公表しています。現在の開発段階と実機の動きは、次の公式動画で確認できます。[46]

Zip Infrastructure公式・福島試験線の実機走行動画。

調査ではB案の需要が最も大きい一方、全案とも交通事業単独での投資回収は難しいという結果でした。運営事業者の確保、札幌市や道路管理者との調整、費用負担、技術・法令の整理などが残っています。[14][15] 2026年の市議会会派による視察報告でも、開発企業の実証・開発状況が報告されています。[22]

横浜の都市型ロープウェイに乗った動画

私のチャンネルで公開している乗車動画です。

【都市型ロープウェイ】横浜の都市型ロープウェイを石狩出身横浜市民が視察!?

2021年4月開業のYOKOHAMA AIR CABIN(横浜エアキャビン)は、桜木町駅前~運河パークの約630mを片道約5分で結びます。[23] 循環するロープで車両を運ぶ横浜と、車両が自走する石狩の構想では、方式も通勤・通学を含む役割も異なります。

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番外編:本牧を回り、根岸へ――みなとみらい線の延伸構想

人口が国内の市で最大の横浜にも、旅客鉄道が通らない本牧という地域があります。石狩と本牧では周囲の都市規模が大きく違っても、「陸の孤島」から鉄道につながりたいという交通上の論点は重なります。

みなとみらい線は2004年2月に開業し、現在は横浜~元町・中華街の4.1km・6駅を結びます。本牧方面へ回り込んで根岸へ向かう構想は、開業前からありました。[24][25]

みなとみらい線の既存区間と本牧・根岸方面への延伸構想

現在のみなとみらい線と本牧・根岸方面への延伸構想。公式の概念図に沿う接続方向を示し、詳しい経由地や駅位置は未定です。

1985年の運輸政策審議会答申には、東神奈川からみなとみらい21地区、元町付近、本牧町を経て根岸へ至る路線が設定されていました。北側の接続は、その後、横浜駅で東横線へ接続する形に変わります。[25]

2000年の答申では元町~根岸が整備着手を検討する路線に位置づけられ、2016年の答申でも横浜環状鉄道の一部として残りました。横浜市は現在も長期的に取り組む路線とし、みなとみらい線延伸として検討しています。[26][27][29]

市が公表する2016年度試算では、元町・中華街~根岸の需要規模は1日1.8万~2万人、概算事業費は1,400億~1,600億円。当時の条件による金額です。[27] 本牧への延伸要望が続くなか、建設と運営をどう成立させるかが課題となっています。[28][29]

必要とされた交通は、時代とともに変わる

川と港の物資輸送、農漁業を支える馬車鉄道、沿岸の町を結ぶ鉄道、札幌や新港への通勤、通院・買い物の足。石狩で必要とされてきた交通は、一つの目的では括れません。

路線図を重ねると、現在の鉄道網の外側で、異なる時代の要求が積み重なっていることが見えてきます。既存のバスや予約型交通をどう支え、新交通で何を改善するのか。石狩と本牧の構想を今の暮らしにつなぐ鍵は、そこにあると考えます。

参考資料・出典

  1. 石狩市「石狩川の外輪船」
  2. 石狩市「石狩川河口渡船場」
  3. 石狩市「石狩市年表」
  4. 札幌市「軽石軌道」史跡ガイド
  5. 国土交通省札幌開発建設部「軽石軌道」
  6. 帝国議会会議録・1911年3月6日貴族院「石狩川北岸鐵道敷設ノ件」
  7. 名古屋大学法令DB「鐵道敷設法」1922年・別表第135号
  8. 帝国議会会議録・1923年3月26日衆議院「札幌増毛間鐵道敷設ノ件」
  9. いしかり市民カレッジ・2012年の鉄道計画史講座記録 ※郷土史講座を記録した二次資料。
  10. 未来鉄道データベース「札幌臨港鉄道」 ※鉄道専門の二次資料。免許・工事・会社の経緯の照合に使用。
  11. 石狩市「石狩港湾計画のあゆみ3」
  12. 札幌市東区「歴史年表」
  13. 札幌市総合交通対策調査審議会「北部方面について」答申
  14. 石狩市「官民連携手法による新たな軌道系交通の導入可能性調査」公表ページ / 概要版PDF
  15. 同・報告書PDF ※図63は接続方向を示す3案の概略図。
  16. 三菱重工技報1995年7月「“都市モノレール”の実用化―千葉都市モノレール―」 ※石狩町での試験は本文251ページ。
  17. 石狩市「公共交通・生活交通に関する計画」 / 2026年2月「地域公共交通利便増進実施計画」PDF
  18. 石狩市「本町花川線・厚田花川線」
  19. 石狩市「AIデマンド交通『いつモ』」 / 市内デマンド
  20. 石狩市「通勤デマンド」 / 浜益デマンド・浜益滝川線
  21. Zip Infrastructure・自走式ロープウェイの方式説明 ※開発企業による説明。
  22. 石狩市議会会派「石政会」2026年3月視察報告PDF ※Zip Infrastructure視察部分、PDF13~14ページ。
  23. 横浜市観光協会「YOKOHAMA AIR CABIN」乗車レポート / 横浜市「みなとみらい21 Information」2025年4月版PDF
  24. 横浜市「みなとみらい線」
  25. 横浜市情報公開・個人情報保護審査会答申第540号PDF ※1985年の経路設定などはPDF6ページ。
  26. 関東運輸局「未着手路線」 ※2000年答申の歴史資料として使用。
  27. 横浜市「横浜環状鉄道の新設」 / 市公式の路線概念図PNG ※ページは2026年4月1日更新。
  28. 横浜市・市民の声「本牧地区への鉄道延伸を検討してください」 ※2026年3月16日基準。
  29. 横浜市・市民の声「本牧地区におけるLRTの新設、みなとみらい線の延伸など」 ※2026年5月12日基準。
  1. 官報1928年6月1日・第427号「軌道特許状下付」(誌面11頁、6コマ目) ※延長線敷設特許の下付は1928年5月30日。
  2. いしかり市民カレッジ・2024年「札幌と石狩をつないだ水路」第2回講座記録 ※花畔~石狩町の未成延伸と1935年7月の特許失効を記載した二次資料。
  3. 横浜市「令和7年国勢調査・人口等基本集計」 / 第1-1表横浜分XLSX
  4. 石狩市「令和7年国勢調査」
  5. 国土地理院「令和7年全国都道府県市区町村別面積調」2025年10月1日時点PDF ※石狩市は本文7ページ、横浜市は32ページ。
  6. 横浜市公式移住サイト・横浜市の人口規模
  7. JR北海道「線区別のご利用状況」(廃止日注記)
  8. JR北海道「留萌線(深川・石狩沼田間)の鉄道事業廃止届の提出について」2025年3月28日PDF
  9. JR北海道「営業エリア」 ※2026年4月1日現在。
  10. 札幌市交通局「路線図・構内図」
  1. 石狩市「生振の歴史」
  2. 石狩市「樽川の歴史」
  3. 石狩市「石狩市の歴史」
  4. 石狩市・厚田村・浜益村の合併問題研究会資料PDF ※本文3ページに当時の各町村の国勢調査人口。
  5. 横浜市「横浜市のあゆみ 略年表」
  6. 横浜市「横浜市町区域要覧・3 市・区・町の沿革」PDF
  7. Zip Infrastructure「自走式ロープウェイ『Zippar』が令和8年版国土交通白書に掲載されました」 / 公式サイトの実機走行動画
  8. さくらインターネット「石狩データセンター」開所発表
  9. KCCS「ゼロエミッション・データセンター 石狩」開所発表
  10. コストコホールセールジャパン「石狩倉庫店」開業発表 ※運営会社の発表。
  11. スーパーホテル石狩・公式サイト / 石狩観光協会・宿泊施設案内
  12. サンフロンティア不動産「たびのホテル石狩」開業発表
  13. RISING SUN ROCK FESTIVAL 2026・公式開催概要
  14. 石狩市「石狩湾新港地域」 ※2025年6月13日更新、操業企業数・就業者数と企業誘致の取組。
  15. RISING SUN ROCK FESTIVAL 2018公式「ヒストリー」 ※1999年8月21日の初開催、2002年の近隣移転と2003年の会場復帰を記録。
  16. 東急不動産「石狩再エネデータセンター第1号」竣工発表 / BBTower「石狩新港サイト」2026年9月14日運用開始
  17. 施設位置の照合: さくら石狩DCの公開訪問記・地図、大成建設設計本部「ZED石狩」、法務省登記所地図の公開変換図、RSR2026公式アクセス、国土地理院航空写真。コストコは厚生労働省の店内薬局登録点、ホテルは公式住所・公式リンク先の地図と独立地図を照合。図別の詳細根拠は路線図一式の作図資料に記載。

資料は2026年10月27日までの公表内容によります。軽石軌道の正式廃止時点には資料間の異同があるため、本文では1937年の営業停止を採用しています。地図は現在の地形を背景にしており、当時の河道や海岸線とは異なる部分があります。

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